ADHDなつこの想いを言葉にするブログ

ADHD(診断済み)なつこが生きやすくするためにしてきたこと、感じていることなどを言葉にしていきます。

子どもたちのための学校なのか、学校のための子どもたちなのか。

 

 


我が子が不登校になって、学校について考えるようになった。

(※学校とは、ここでは公立の学校のことを言っています)

 

 

 

子どもが、

 


「学校に行きたくない」

 


って言う時、親も先生も、

 


「みんなも頑張って行ってるんだから」

 


って言いがち。

 

 

 

この言葉、ツッコミどころ満載なんだけど💦今、私が思うのは、

 

 

 

学校って、〝頑張って〟行くところではないよね

 

 

 

 


みんなは、〝頑張って〟行ってるのではなく、ただの〝惰性〟でしかないよね

 

 

 

 

 

 

この言い方に、職業が学校の先生が聞いたらきっと気を悪くされるでしょうね。

別の言い方をすると、

 


ホメオスタシス

 


恒常性

 


習慣

 


慣性

 


とか、そんなところかな。

 

 

 

先生って、子どもが学校に行かなくなると、まず、どうにかして学校に来させようとするじゃない。

(やれ、保健室登校だの、相談室だの、あさ職員室に顔出すだけ、とか。ほんとうに、ウンザリ。)

 


これ、なんで??

 


〝学校〟が嫌なの分かんない?

そんなことされたら、もっと嫌いになるよ。

 

 

 

熱とか、病気じゃなければ学校休んじゃいけないの??

 


怪我や病気で休めるなら、心がしんどい時にだって休んで良くない??

 

 

 

どうして大人は子どもの心を軽視するの??

 


目に見えないから?

 


目に見えないものは、きっと大人には存在しないのとおんなじなんだね。

(なつこの心は子どものままだよ☆)

 

 

 

学校目標に、心豊かに✨とか書いてあるけどさ、疑問視!!

 


先生…というより〝学校〟というシステムが悪いのよ。

(まぁ先生にも志の高い低いはあるけど)

 

 

 

私は、小学生からずっと学校に行けてた子だったけど、あれは惰性だったって気付いた。

休みたい時もあったよ。

でも、行く。

 


朝の健康観察でさ、先生がひとりひとり名前を呼ぶじゃん。で、子どもたちが、ハイ元気デス!とか、ハイ風邪デス!とか返事してさ。

私が小学生の頃はそんな感じだったんだけど(^ ^)

私は、風邪気味でも、ハイ元気デス!って言っちゃうんだよね。いつもそれしか言ってないから。

休みたいなぁって思っても、休めない。だから、熱が出ないかなぁ、とか考えてた。

 

 

 

私は、惰性で学校に通い続けていたけど、私の息子は、積極的に惰性と対峙していたのではないか。

 


息子が学校に行けなくなった理由は、まぁざっくり言うと、いじめっ子がいたからなんだけど、クラスも部活も運悪く一緒だったの。中学1年の半ばから徐々に不登校に。

 


その時、すでに私は二次障害のウツでADHD診断もされていたから、息子が私のよう(二次障害)に、なってはいけない!!って強く思って。サポート希求出しまくり。この時の私、すごい行動力だった。

 


いじめっ子は、明らかに身長の低い子を狙ってた。これは確実。

 


身体がでかいくせに、身長低い子をいじめるなんてホント最低。息子以外にやられた子数人知ったけど、どの子も優しい子ばかり。

 


息子が言ってたよ。

 


ぼくだって学校に行きたいよ。でも行けないんだよ!!

 


苦しかったのが、近くで見ていてすごく伝わってくるの。

 


その年の冬、職場にマウンティング女がいて、私も一緒に出社拒否してみたり💧

 


息子の不安をそばで見ていて、私わかっちゃったんだよね。息子も精神疾患だって。

 


でも、中学生を診てくれる精神科なんて、近くにないのよ。

 

 

 

それ考えたら、なんて大人の恵まれていること!!

 


職場で人間関係トラブルあれば、上司に相談して別の部署などトラブルの元から離すなど対処してくれる。

 


メンタルやばいと思ったら、メンタルクリニックなどに行くことができる。

 


自分の意思で職場を辞めることができる。

 

 

 

かたや、学校に通う子どもたちは??

 


トラブルがあっても、話し合いを強要されて解決した風になるだけ。

訴えても担任を変えてもらうことはできない。

 


精神疾患に片足を突っ込んでいるのに、小中学生を見れる病院が少なすぎる&あっても◯ヶ月待ち。待ってる間に学年が変わってしまう。

 


自分の意思で学校を辞めることができない。

 

 

 

 

 

 

生きづらいよなぁ。子どもは。

 


大人は自分で何とかできる幅があるけど、

 


子どもには、幅がない。

 


だから親は、不登校になってしまった子どもの味方でいて欲しい。

 

 

 

朝、起きないとか、

いつもだらだらしてやる気が感じられないとか、

学校へ行くのに不安が生じるとか、

ゲームしかしないとか、

 


精神疾患に片足を突っ込んでるからね、それ。

 


それぞれ説明すると、

まずは、睡眠の質が悪くなって、睡眠障害になる。

いつもだらだらしてるのは、身体がほんとうに重いから。ウツ経験すると分かるけど、重力が半端ない。

学校行くのに不安が生じるのは、そのまんま不安症だよね、

ゲームしかしないっていうのは、不安すぎてつらいから、それを手っ取り早く紛らわせてくれるのが、ゲーム。もしゲームがなかったら不安がひどくなっていたかもしれない。

(ゲーム依存にしないためには、子どもを追い詰めないことが大切だと思う。これは別んとこで思考がまとまったら書くね)

 

 

 

ここまで子どもを追い詰める〝学校〟って、どうなの???

 


息子たちは被害者なのに、加害者であるいじめっ子が学校に通ってる、この違和感。

不登校児が増えるの、当たり前じゃんって思った。

いじめっ子は、被害者増やしていくんだから。不登校になってしまったらいじめることができないから、そりゃ新しいターゲット見つけるでしょ。

 

 

 

〝学校〟って、何を守っているの??

 


子どもを守っているのではないってことは分かる。

 

 

 

子どもが学校へ行くのが至極当然だと思ってないか??

それが常識だと思ってないか??

思考が停止していないか??

 


義務教育だからね。

 

 

 

でも、それは子どもたちに与えられた〝権利〟だからね。

 

 

 

権利(けんり)とは、一般に、ある行為をなし、あるいはしないことのできる資格。

 


だから、学校に行かないって選択もアリなのよ。

 

 

 

ホームスクーリングや、サドベリースクール、サマーヒルの子どもの村、シュタイナーなど、調べると色々出てくる。

 

 

 

端から〝学校〟が悪いって言いたいんじゃない。ひとりひとりに想いがある。友達だって、学区内から集まってるわけだから、放課後に一緒に遊べたり、楽しく学べている子だっていると思う。それはそれでいいのよ。

 


〝学校〟に入学させるのは不安、って親御さんもいるでしょう。でも、〝学校〟をどう捉えるかはその子次第。

問題が起きなければ問題ないし、問題が起きたとしても、代替教育があると知っていれば、慌てたり混乱しないで済む。

 

 

 

〝学校〟のための子どもでいるのか、

 


子どものための〝学校〟を選ぶのか、

 

 

 

 


正解なんてない。あるとしたら全部正解。その中に学びは絶対あるはずだから。

 


子どもに可能性を提示をして、意見を尊重し、ひとりひとりが考えてそれぞれの答えを出すときだと思います。