なつこの想いを言葉にするブログ

ADHD(診断済み)なつこが生きやすくするためにしてきたこと、感じていることなどを言葉にしていきます。

為末大×倉持麟太郎『この社会の生きづらさを解析する』

今日は動画のご紹介です❣️

 


為末大さんと倉持弁護士が『この社会の生きづらさを解析する』というテーマで語っています。以下3分くらいの抜粋。

 

 

為末:あんまりスポーツ界ちゃんと語らないですしデータも取ってないんですけど、たぶんアスリートはいわゆる学習障害持ってる人多いと思うんですよ、僕は。陸上とか若干自閉傾向があるっていうか、まあ要するにおんなじこと繰り返してそれが面白く感じる性質を持ってる人間が多いんですよ。

だから、そういう人間は外から見ると一生懸命努力してるように見えるんですけど、本人は細かいこと繰り返すのが面白いと思う性質がある。僕も若干そういう聞こえなくなる感じ、はまっていく、だから頑張ったというよりも夢中になってたら二十何年間経っちゃったって感じに近い。

 


倉持:アドバイスをしているようなアスリートとかで、すごくつらいんです、みたいな超一流のアスリートとかもいるんじゃないんですか

 


為末:いますね

 


倉持:続けられないみたいな。ほんとに夢中になってたら二十何年間っていう人もいれば、常に心が折れそうみたいな、そういう人たちっていうのは為末さんから見ててどういうふうに立て直してるんですか

 


為末:私もしんどい時もあったんですけど、やっぱりまず人間がつらい時っていうのは単純に心が疲労するってのがあると思うんですけど、結構選手って、今日の生きづらさってテーマもあるかも知れないですけど、心だけは疲労しないって思ってるふうに育ってる、育ってるんですね。僕ら。

心結構疲労するんですよ、筋肉とかと一緒で。だから、スクワットをやり続けなさいって言わないけど、自分を抑制し続けなさいってできると思ってモデルが作られるんですよ。このモデルが立ち行かなくなって破綻するって場合。それが選手が悲鳴をあげるときに多いですね。

ダメな自分を許せないままきちゃって、それが苦しくなっちゃうってモデルがまずひとつ多いんで、そのときに、もう思い切りやすむとか、やめちゃえば?みたいな話すると、それがもう絶対言っちゃいけないワードみたいに思ってるんですよ、自分の中で。

やめる、あきらめる、逃げるとかっていうのを。それ実際一回やってみると、自分がいた場所が外から見えるようになってきて、少し楽になる。

 


倉持:そう、本の中にも書かれてましたけど、怪我しちゃって一回離れて戻ってきたアスリートが、怪我する前よりも成績が良くなったりすることがあるじゃないですか、それはやっぱそういうことなんですか。強制的に一回シャットダウンされるみたいな

 


為末:そうですね、リセットされる。

あともうひとつ怪我の場合は、やってる最中って大事なものは何か見えにくいんですけど、離れると心理的にも距離ができていくと外から見ると(あれ?大事なのって、あれとあれくらいじゃない?)っていうふうに思って帰ってくるんですね。

でも選手ってとにかく休むことに対して恐怖感を植え付けられてるんで、私も最初に一週間休んだときの怖ろしさ今でも覚えてますけど、そんなことしたら二度と帰ってこれないんじゃないかここに、って思いましたけど、全然大丈夫だよ

 


https://www.youtube.com/live/ofDU3b5-LW8?si=MuBcpikNRy_4yYN4

(33:00〜36:12)

 

 

 

動画の中、この3分くらいのやりとりに色々すごい詰まっているなと思っていて!!

 


まず、アスリートに発達特性を持つ人が多いということに関して。動画内では学習障害自閉傾向と言っていたけど、学習障害(LD)の場合、学校で勉強するよりも運動に対して肯定的に思っていて、さらに興味を持ってるなら、そっちにいくのは必然。

自閉傾向ASDの傾向)の場合は繰り返すのが面白いと感じるということ。なるほど〜と感じたし、個人的にはADHDもいるかなって思う。エネルギーの高さ(多さ)を、どこかで発散する必要があるので。

思ったのが、やっぱり定型と発達の境目ってないんだなって。みんな分けたがるけど、分けられるものじゃないんだよ。自分の特性が花ひらける場所に行こうとするのは必然。勉強が苦手なら、じゃあ自分が楽しめることは?自分が苦にならないでコツコツ積み重ねられることは?

いま、現在進行形で発達障害と診断される人は右肩上がりに増えてる。特性自体にいいとか悪いとかはなくて。これは捉え方の問題。

発達特性は学校という特殊な環境ではマイナスに出てしまうことが多いけど、社会に出れば、起業家や学者や成功者など、特性がプラスに働くことがある。にもかかわらず、小学校のうちから発達障害とレッテルを貼ってしまうのはいかがなものか。

自分自分身に対しての見方が変わり、自分が存在していることの罪悪感だったり自己否定感だったり、そういったものによって自分本来のチカラが奪われてしまう。

濃い薄いはあるけど、みんなが持っている特性。必要だから持って生まれてきたんだと、声を大にして言いたい。

 

 

 

次に、心の疲労の話。学校って、体調不良で休むことはあっても心調不良ってない。

学校に行きたくなくても、熱がないんだから行きなさい!とか、身体に問題なければ行かせちゃう感じは理解してもらえると思う。

本当に心を軽視しすぎなところはあると思ってる。

だから昨年末(2023年)、不登校が29万人がニュースになったんだよ(潜在的不登校含めたらもっと数は多いはず)

 

 

 

「自分を抑制し続けなさい」っていうのは、私たちが、こうしなかゃいけないって思い込まされてること。

それはまさに私の人生で、だからうつにもなったし、それが強制的にシャットダウンってことだった。それがあったから、私は私の人生を捉え直せた。頑張り続けてきた人生だったから休むことができなくて、苦しかったな。もっと委ねてよかった。委ねられない怖さももちろん覚えてる。すっごく怖い。為末さんも「最初に一週間休んだときの怖ろしさ今でも覚えてますけど、そんなことしたら二度と帰ってこれないんじゃないか」って言ってる。そう!そうなんだよ!!

 


障害受容したのも、自分を諦めてありのままの自分を認めたからだし、

 


あと、ひどい!と思ったのが、選手が休むことに対して恐怖感を植え付けられてるってところ。 私も学生の頃は陸上をやっていたからわかるけど、一日休むと取り戻すのに三日かかるっていう言葉。本当にひどい。運動にしろ何にしろ、上達したいという思いを悪用している感があるよ。むしろ、1日たりとも休めない状態の方がメンタル病んでる。

私も経験したから分かるけど、つらくても苦しくても、周りがやらなくていいよって言っても、私自身が頑なになってる、あの感じ。やらないことへの怖れ。

今日一日休んでしまったら、一生できないような気がしてた。 

毎日、同じこと繰り返してた方が楽なんだよね、苦しいんだけどさ。やらなかった場合に自分がどうなるかわからなかったから、その恐れと向き合いたくなかったんだよ。向き合うくらいだったら苦しくても続けてた方がよかったんだ。結局、強制終了しちゃうんだけどね。

 


うつになることとか、うつのどん底になることって良くないこととか思われるかも知れないけど、経験した私から言わせてもらえれば

必要な経験だった、っていうこと。この体験ごなかったら今の私はなかったし、うつのどん底前より断然生きやすい。でも二度とうつにはなりたくないけど。

 


あと、この続きも面白かったの。

是非聴いて欲しいと思います😊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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